(八重…僕には…僕にはもう…)
樹月は、胸に去来する思いを打ち消そうと、首を何度も振り払った。
夏休みも今日で終わり、太陽が暑さにうなだれる人々を許すかのように頭を垂れ、影の長い夕日が目に染み公園ではひぐらしが鳴き始めている。
秋の訪れが感じられる様な、高い空に霞雲がたなびく残暑の夕暮れ。
樹月と澪は、その夏休み最後に初めて2人揃って登校し、今は下校の最中である。
「お互い学校へ行く日にちがすれ違っちゃって、今日が初めて2人で登下校したなんてね〜…意外」
そう言って澪は肩をすくめた。
「でも、明日からは学校が始まるから、毎日一緒に登校出来るね!
樹月君は部活に入らないの?」
「う、うん…どうしようかな…」
朝からそうだったのだが、樹月は妙にそわそわしていて落ち着きがなく、とても焦りがあるように見える。
澪の方を見ては、澪がこちらを振り向くと樹月が目を反らす行為が何度もあった。
「樹月君、今日は何だか落ち着かないね…気分でも悪いのかな?
明日から学校だから緊張してるとか?
そんなに心配しなくても、みんな優しいから…それに私も学校にいるし」
「いや…何でもない…」
樹月は隠し事を封じるかのようにうつむいた。
「……?
変な樹月君…」
折角初めて2人での登下校も、気まずい雰囲気が終始流れたまま天倉家へ着き終わってしまった。
2人は澪の部屋へ入り荷物を降ろすと、澪が布団の上に後ろ手をつけた姿勢で身体を投げ出すように座った。
樹月からの目線では、澪の投げ出された脚の間に制服から白いものがハッキリ覗いてしまっている。
樹月はそれを見て顔を紅潮させ、興奮する心情を否定する理性と押し迫る自らの運命とを天秤にかけ、動悸が止まらず冷や汗を大量にかく。
欲情するのは男の性だが、樹月にはそれ以上に大切な決断をするのに重要なきっかけとなった。
「八重、僕にはもう時間がないんだ…!」
そう叫ぶと、樹月は澪を押し倒し上に覆い被さる。
強い力で澪を束縛し、鬼気迫る形相で澪を愛撫し始めた。
「八重、ひとつになろう…!
僕と八重の大切な儀式をしなくてはならないんだ!」
「いっ樹月君、どうしたの!?
ひゃああああっ、樹月君ーーーーーー!!」
肌を露出させられ、支配される度にどんどん羞恥が増し澪は涙を流したが、自分に全てを投げかけ受け止めてもらおうとしているかのごとく、樹月の凄まじい気迫に行為の嫌悪感や抵抗感を抱くことはなかった。
それは命さえも託そうとしているように、澪には感じられた。
樹月に触れられ、激しく痙攣し蠢く澪の柔肌。
樹月が澪の最も奥深い所を突き抜け、底知れぬ痛みと快楽がない交ぜになり、紅い糸と白い糸が結び目を作った時、儀式は終わった。
ずっと目を瞑っていた澪が樹月を見やると、樹月は涙を流し眼からも血が溢れんばかりの壮絶な表情だった。
「樹月…くん…」
「…ごめん…僕は今日までの命…これは仏様の決めたことなんだ」
「…そんな…嘘でしょう?
ずっと一緒だって約束したのに!」
衝撃的な樹月の告白に、澪は頭が真っ白になり酷く混乱してしまった。
「仏様は僕の為に命を与えてくださった…併しそれは1か月の間だけ。
虚がダム建設前の儀式で清められる1か月、その後は村の魂と共に天へ帰ってきなさいとおっしゃられた」
樹月が強い力で束縛していた澪の両腕に負荷がなくなり、それを見ると樹月の腕が徐々に消え始めている。
「でもこの1か月、僕は幸せだった…夏の思い出を抱いて、八重ともひとつになれて、あの世に旅立っていけるから」
「樹月君…!
私は本当に樹月君のことが好きなの!!
だからずっと一緒にいて、お願いだから…!」
澪は泣きじゃくって叫んだ。
併し、樹月の姿はもう殆ど霞んで残っていない。
「………澪。
愛している…よ」
今際の際に、八重でなく澪の名を呼んで樹月は全て消えた。
太陽が沈み、夕焼けがわずかに部屋を照らす窓から、ひぐらしの哀しい声がカナカナと聞こえてきた。


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